※ 『オシエノカケラ』のコーナーで「今年一年を振り返って」を書きましたが、『ほえるぜ住職!』でも書いてしまいました。今年は『花燃ゆ』効果で、このHPを見て下さる方も増えたようで、「これからも、ほえて下さい」とのお声をかけていただくことも。でも、調子に乗ってほえてると、後でしっぺ返しが来るのではないかと怖いのですが・・・。

 
 
 
 
 
 

 今年の919日、安保法案が成立しました。手続きには、かなり問題がありながら。いずれ、「あの時が大きな節目だった」と振り返る日が、きっと来るはずです。


 安倍内閣をはじめ自民党の皆さんは、「俺たちは、戦争なんかしないよ。国を守るためにやっているんだ。」という正義感に燃えてのことだと思います。私も、安倍さんが戦争をしたがっているなどと、安易に思ってはおりません。


 ただ、今回一番重要なことは、権力のブレーキである憲法を骨抜きにしたということ、つまりはブレーキを壊したことだと思っています。安倍さんは「戦争なんかしないよ」と思っているかもしれない。しかし、次の世代にどんなタイプの人間が出てくるかは、誰にもわからないのです。もしかすると、安倍さんが驚くような、「それはちょっと止めとけ」と思うような、とんでもない暴走政治家が出てくるかも。でも、すでにブレーキは安倍さんが壊してしまったのです。


 だから、その時彼は言うでしょう。「私は、あなたを見習い、その通りを実行しているだけなのですが。」と・・・。■








 この文章は、『沈黙のファイル-「瀬島龍三」とは何だったのか-』に紹介されている、以下のエピソードを元に書きました。


 関東軍参謀部の石原莞爾らは、奉天(現遼寧省瀋陽)郊外の柳条湖付近での南満州鉄道爆破事件をきっかけに満州の主要都市を占領した。翌年、清朝の廃帝溥儀を皇帝に擁立して満州国を建国した。陸軍中央の統制を無視した独断専行にもかかわらず、石原らは責任を問われなかった。

「世論が『よくやった。満州の権益を守ってくれた』と称賛してる時に処罰しにくいから信賞必罰が貫かれなかった。それが『結果さえ良ければいい』とその後の独断専行の悪循環を生み、陸軍内部の権力が上層部から中堅幕僚に下降していく契機になるんです」

 皮肉にもこの悪循環に泣いたのが当の石原だ。当時関東軍参謀副長だった今村均の『回顧録』には次のような出来事が記されている。




 一九三六年十一月、参謀本部作戦部長に昇格していた石原は関東軍司令部へ飛んだ。関東軍参謀の武藤章らの、内蒙古(内モンゴル)を支配下に置こうとする謀略工作を止めるためだ。

 石原は参謀たちを集め、自信に満ちた態度で口を開いた。

「諸官らの企図している内蒙工作は、全然中央の意図に反する。幾度訓電を発しても、いい加減な返事ばかりで、一向に中止しない。大臣総長両長官は、ことごとくこれを不満とし、よく中央の意思を徹底了解せしめよとのことで、私はやってきました」

 武藤が笑顔で言った。


「石原さん、それは上司の言いつけを伝える、表面だけの口上ですか。それともあなた自身の本心を、申しておられるのですか」

君、何を言うのだ。僕自身内蒙工作には大反対だ。満州国の建設が、やっと緒につきかけているときに、内蒙などで、日ソ、日支間にごたごたを起こしてみたまえ、大変なことになるぐらいのことは、常識でも分からんことがありますまい」

「本気でそう申されるとは驚きました。私はあなたが、満州事変で大活躍された時分、この席におられる今村副長といっしょに参謀本部の作戦課に勤務し、よくあなたの行動を見ており、大いに感心したものです。そのあなたの行動を見習い、その通りを内蒙で、実行しているのです。」

 武藤の言葉に青年参謀たちは大笑いした。

(『沈黙のファイル-「瀬島龍三」とは何だったのか-P103)

 


「歴史は繰り返す」
ローマの歴史家クルチュウス=ルーフスは言いました。

スペイン出身のアメリカ人哲学者で詩人のジョージ・サンタヤーナは
「歴史を記憶しえぬものは、それを繰り返すべく呪われている。」
と言っています。


 曇鸞大師は、「尺蠖の循環するが如く、蚕繭の自縛するが如し(『浄土論註』)、尺取り虫が同じところをグルグル回っている姿、蚕が繭で自らを縛るように自分の世界に自分を閉じ込める姿を、迷いの境界と譬えられました。

 歴史と真摯に向き合うことを、自虐的と受けとめるようであれば、自分の世界に自分を閉じこめて、同じことを繰り返していくのでしょう。そこから抜け出すことを目指すのが、仏教なのです。■