築地本願寺から出版される『築地本願寺新報』2020年5月号に寄稿しました。テーマは「季節」です。

 




 

五月は薫風の季節と言われます。薫風とは、若葉の薫りを含んだ穏やかな風のことです。夏の兆しをはらんだ風が緑の樹々を渡り、匂うような清々しさを伝えてくる。そんな生命力に満ちた季節を感じた人たちが、「風薫る」という美しい言葉で表現されたのです。ところが私たちは、エアコンで管理された空間に閉じこもり、豊かな世界を見失ってはいないでしょうか。時には窓を開け、風を感じ、薫りや季節の移ろいを味わってみる。そんな時、これまでの景色が違うものに見えてくるはずです。

 考えてみれば、昔の家は風通しが良いものでした。それは季節の移ろいに限らず、人の出入りも多いものでした。プライバシーはなく、思い通りにならないこともありましたが、様々な音や声が行き交い、お節介やお世話も溢れていたものです。困った時には、お互い様。助け合い、支え合うコミュニケーションも、風通しの良い空間があればこそ。しかし現代社会の家は気密性が高く、プライバシーが守られる作りとなりました。自分の思い通りにできる快適な空間を求めたライフスタイルへと、変化したのです。

ところが仏教では、「思い通りにしたい」という思いが強いほど、苦しみもまた強くなると考えます。確かに思いが強いほど、「思い通りにならない」ことへのストレスは増えていきます。今まで気にならなかった他者や音が、快適な空間を邪魔するものに思えてくる。些細な音が気になり、お節介を鬱陶しく感じ、人に迷惑をかけられることを嫌がるようになる。コミュニケーションは薄れ、孤立が深まります。順調なうちはそれでも良いのかもしれませんが、人生そう上手くはいきません。困った時が大変です。「迷惑をかけられたくない」という思いの強さが、「迷惑をかけてはいけない」という思いとなり、助けが呼べなくなってしまうのです。何より、「思い通りにできないのは、自分がダメだから」と自らを責め始めると厄介です。思いが強いほど逃げ場もなくなり、「こんな自分は、生きていく資格がない」と自分を追い込むことにもなりかねません。

だからこそ、風通しを良くしておくことが大切なのでしょう。仏様の教えは、窓の外から吹き込む風のように、広々とした世界を知らせてくださいます。「あなたは、あなたの思いに縛られて、かえって苦しんでいるのではないですか」という呼びかけに、閉じこもっていた世界の小ささを知らされ、視野が広がるのです。迷惑をかけていた自分の姿、支えられ、ゆるされていたことにも目覚めさせられ、これまでの景色が違うものに見えてきます。とはいっても頑なな思いは簡単には変わりませんが、薫りが身体に染みつくように少しずつ育てられていくのです。このような出遇いを、仏道を歩む先達は「薫習」「お育て」という言葉で表現されました。

さあ、窓を開けてみませんか。穏やかで薫りに満ちた風が、私たちにはたらきかけてくださっています。■