2022(令和4)年8月




  「全国書店員が選んだいちばん売りたい本!」書店員の投票だけで選ぶ本屋大賞の2022年国内小説部門で、『同志少女よ、敵を撃て』(逢坂冬馬 著)が大賞を受賞しました。第二次大戦時、ナチスドイツの侵攻によって始まった独ソ戦。多くの戦死者を出したソ連では、100万人を超える女性たちが看護師や軍医だけでなく、世界でも稀な最前線での兵士として従軍しました。主人公は、家族や仲間をドイツ兵に殺され、その復讐から女性狙撃兵となった少女セラフィマ。エンターテインメント性の高さ、構成の見事さは勿論、主人公の怒り、逡巡、慟哭、愛情を通して、戦争の「人間を悪魔にしていく性質」や、殺戮の場から日常へ回帰することの困難さが描かれています。いやぁ、素晴らしかった!



 



  この作品は、ジャーナリストで作家のスヴェトラーナ・アレクシェービッチの『戦争は女の顔をしていない』というルポルタージュに大きな影響を受けています。アレクシェービッチが同じ女性として、従軍した人々に寄り添い、500人以上から生身の戦争体験を聞き取りまとめたものです。何と昨年、日本でマンガ化され話題となりました。彼女はその後も、アフガン派兵から心身に傷を負い帰ってきた兵士たち、原発事故やソ連崩壊で苦しんだ名もなき人々の声を丹念に掘り起こし、それらの作品は「苦難と勇気の記念碑」と評価されノーベル文学賞を受賞したのです。


 
そんな彼女の原体験は、幼い頃に聞いたウクライナに住む祖母の一言でした。当時学校では「ソ連兵は英雄、ドイツ兵は憎むべき敵」と教えられていたにもかかわらず、彼女のおばあさんは「どちらもかわいそうだった」と語りました。「ドイツ兵にも色々な人がいたの。子どもたちにパンを配った人もいた」と。独ソ戦の戦場となったウクライナ。夫や親戚を失ったにもかかわらず、敵味方を超えて人間を見ていた。そして普通の人が、戦争によって狂気に変えられていく様も…。おばあさんの一言が、後のノーベル賞作家を育てたのです。そう考えると、戦争に無力さを感じる私たちにも、何かできることがある気もしてきます。 マンガ版の帯には、『機動戦士ガンダム』の監督・富野由悠季さんの「この原作をマンガ化しようと考えた作家がいるとは想像しなかった。瞠目する」という檄文が添えられています。いやはや、ホントにそうだと思います。目を背けたくなるような、生身の事実が突きつけられるこの本を、よくもまあマンガにするとは…。しかし、「生身の人間」という視点から、戦争を見ていくことの大切さを教えられる本です。これもまた、素晴らしい!今回は、お薦めの本の紹介でした