2014(平成26)年3月

 PTA特集の第三弾は、卒業式の会長挨拶です。我が息子も、卒業生の一人。ということで、会長の立場に親の立場も重ねてお話しさせていただきました。





 三隅中での三年間の学びを終え、たくましく成長された卒業生の皆様、本日はおめでとうございます。そして、御家族の皆さま、本当におめでとうございます。また、ご指導して下さった先生方、見守って下さった地域の皆様、有り難うございました。親師会を代表して、祝辞を述べさせていただきます。

 突然ですが、皆さんは、千原ジュニアという芸人さんをご存知ですか?
『人志松本のすべらない話』でもお馴染みの、しゃべりがうまい、トークの達人です。身の周りに起こった事件を面白おかしく話す、その話術の巧みさもすごいのですが、よくあれだけ身の周りに面白い事件が起こるよなと感心するのです。その千原ジュニアさんがある時、こんなことを言っておられました。

「人を常に笑わせないといけないって、大変じゃないですか?」とか聞かれても、/別に大変だとは思わないですね。/
面白いことを見過ごしてるか見過ごしてないかということも大きいと思います。例えば、植物学者の人は、道を歩いてて「あそこにあんな花が咲いてた」「あそこにあんな木が生えてた」と分かるけど、僕は同じ道を歩いててもなにも分からない。/それとおんなじで、ほんまに面白い芸人が、誰よりも一番笑ってますからね。/
見つけようと思ったら、面白いことはそのへんにゴロゴロ転がってる。
                     (『うたがいの神様』千原ジュニア)

 つまり、面白い芸人の周りにだけ、面白い事件が起こっているのではないのです。それを見つけるアンテナが、しっかり張られていて、それをキャッチしようとする意識が高いのが面白い芸人なのであって、それを見つけられないのは、芸人としての意識が低いだけなのだと言われるのです。

 これは、すごくいい話だなと思いました。面白いことはそのへんにゴロゴロ転がっている。それを、見つけるアンテナが張られているか。感じる心があるか、ないか。
 でも、これは私たちの生き方そのものを、表しているような言葉ではないでしょうか。学ぶべきことは、そのへんにゴロゴロ転がっている。教えて下さる人は、たくさんいる。にもかかわらず、私たちは、それを見つけるアンテナを張っているでしょうか。感じる心があるでしょうか。

 あの先生はダメ。この先生もつまらない。俺の周りには、ろくなヤツがいない。そう愚痴りながら生きる人は、もしかすると感じる心を持っていないだけのことなのかもしれません。だとしたら、本当に残念で、本当に失礼なことだと思います。

 もうお亡くなりになられましたが、小説家の吉川英治さんという方が、人から色紙を頼まれると、必ずといっていいほど書かれたのが、「我以外、皆我が師なり」という言葉です。これは、吉川さんは出遇いに恵まれ、先生として仰ぐことのできるような尊い人が多かったということではありません。どんな人からも何かを学びとっていこうとされる、吉川さんの尊さが、その生きる姿勢の素晴らしさが込められているのです。

  つまり、学ぶべきことは、身の周りにたくさんあり、学ぶべき先生はたくさんおられる。それを見つけるアンテナが、しっかり張られていて、それをキャッチしようとする意識が高い人。誰からも学びとっていこうとする人。頭が下がる人。そういう人こそが、人間として素晴らしい方であり、気づこうとも、学ぼうともしない人。自分の姿を振り返ることもしない人というのは、人間として心貧しい生き方なのだと教えられるのです。

 卒業生の皆さん。どうか、「学ぶ」心のアンテナを、しっかりと張って下さい。感じる心を育てて下さい。それが、人生を豊かにします。
世界は、もっともっと深く、もっともっと広い。ちっぽけな世界に閉じこもらずに、自分の心を深く耕して下さい。失敗や挫折からも、たくさんのことが学べます。私も今なお、学んでいる最中です。
  そして、感じる心が育っていく中で、どれだけの人に支えられ、育てられてきたのか。どれだけの人に迷惑をかけ、赦されて生きてきたのか。どれだけのいのちと共に、生きているのか。そんな自分の姿に気づくことができるはずです。


 先生方、これまでの御指導、本当に有り難うございました。そして、卒業生の御家族の皆さん。本当に、おめでとうございます。たくましく成長した卒業生の姿に、先生方の思い、家族の願いの深さが、あらわれているように思えます。

  でも、皆さんは、もっともっと大きく成長できます。そして、もっともっと深く成長して下さい。心豊かに、人生を歩んで下さい。卒業生の皆さんに、心からの祝福を贈り、祝辞とさせていただきます。ご卒業、本当におめでとうございます。