2014(平成26)年3月 山口新聞『東流西流』 
 
 
 
 

 近頃は先生の悪口を、子どもの前で言う親が増えているようです。昔も同様のことはありましたが、当時の先生は一目置かれた存在でした。今や先生の権威は失墜しています。実はこの「一目置く」という敬意の払い方が、学びにおいて重要な役割を果たし、私たちの生活を大らかなものにしていたのです。


 インドの高僧龍樹菩薩に「雨が降ると水は山の頂に留まらず、必ず低いところに流れ込む。同様に頭を下げ自分を低くして師を敬うならば、仏法の功徳はその人に入り込む。しかし、驕り高ぶり自分を高くするなら、法の水は入らない」という譬えがあります。つまり学びの姿勢とは、相手を敬う姿勢から始まるのです。自分を高くし見下すならば、どんなに尊い言葉でも届くことはありません。
 何より親がバカにする先生を、子どもが敬うはずはないでしょう。これが子どもの為になるとは到底思えないのですが。先生に一目置かなくなってしまったことで、軽い一言に子どもの学びをさまたげる力を与えてしまったのです。


 仕事で疲れて帰って来て、誰もが愚痴の一つも言いたくなるような時代です。しかしリラックスした家庭での一言に、そこまで気を使わなくてはならないとは。本当に生きづらく世知辛くなりました。何とか一目を復活させるわけにはいかないでしょうか。