2013(平成25) 12月号)  
 
 
 
 
 

毎年恒例の、一年をあらわす言葉を選ぶ『流行語大賞』。今年は有力候補が多く、激戦の中で一体どの言葉になるのかと思っていたら、何と「じぇじぇじぇ」「いつやるの?今でしょ」「倍返しだ!」「お・も・て・な・し」の四つがすべて大賞に選ばれるという驚きの結果となりました。皆さんはどんな言葉が心に残られたでしょうか。 


私は残念ながら、NHK朝の連ドラ『あまちゃん』を観ていなかったので、「じぇじぇじぇ」には思い入れがなく、「あまロス」( 毎日『あまちゃん』を観る楽しみが無くなってしまった時の喪失感。) にも縁がありませんでした。


 一方、大手予備校講師 林修先生の「いつやるの?今でしょ」には、色々と教えられました。大切なことをついつい後回しにする私、やらねばならないことを置いといて現実逃避してしまう私にとっては、身の引き締まるような思いを何度もさせていただきました。

ところが先日、教師をしている同級生からこんな話を聞いたのです。日曜日の夕方、『サザエさん』を観ていると、生徒の親から携帯に電話がかかるというのです。緊急のためにと、連絡網に携帯番号を記載しているのですが、その内容はというと、明日でも、明後日でも、学校にかけたっていいような用件なのだそうです。仕事もクラブも終え、ようやく手に入れたまったりとした時間。ところがそんな先生の立場を考えることもなく、思いついた時に緊急でもない用事で電話をかける。「思いついたら、待つことができないんだよね。」疲れた顔で、同級生はつぶやいておりました。

私たちは、大切なことは後回しにするのですが、腹立たしいことや不安なことがあったら「今でしょ」と言わんばかりに、すぐに行動に移してはいないでしょうか。私は聞きながら、ドキッとしました。自分の思いばかりを優先して、相手の立場を考えない行動は、はっきり言って迷惑です。

 ならば、待つ、自分を振り返る、冷静になる、熟考するということは、本当に大切であるはずなのに。何でもかんでも「今でしょ」というわけにはいきません。「今すべきことは何なのか」を、よくよく考えなくてはならないでしょう。

かつて「決められない政治」を批判されていた頃、あるコメンテーターが「スピードばかりを追い求め、悪いことでも簡単に決められる政治になっても困る」と言っていたことが忘れられませんが、議論も尽くさず「今でしょ」と言わんばかりに、重要な法案が決められる現実が、まさにあるのではないでしょうか。


最後に、「倍返し」。ご存知、ドラマ『半沢直樹』の決めゼリフです。この番組は、家族みんなで盛り上がりながら観ておりました。
 但し、ドラマとしては面白かったのですが、少々複雑な思いを持ちました。半沢に倍返しされ、土下座させられた人は、そしてその身内はどう思うのだろう。今度は半沢に倍返ししようという気にならないのだろうか。そんなことを考えてしまうのです。倍返しがまた倍返しを生んでいくと、どこまでも終わることはありません。あくまでもドラマですから、最終回が終わればその連鎖も終わりますが、これが社会現象になると、ブレーキが効かなくなってしまいます。

 お釈迦様は、「この世においては、恨みに報いるに恨みをもってしたならば、 ついに恨みのやむことがない。恨みは捨ててこそやむ。これは永遠の真理である」(『ダンマ・パダ 』)と言われています。憎しみの連鎖は、憎しみを生んでとどまることがないのだと。泣き寝入りをしろということでは決してありませんが、憎しみを「倍返しだ!」ということであれば、どこまでも続いていくだけです。
 仏教では、憎しみの連鎖を喜びの連鎖に変えることの大切さを説きます。報復に凝り固まったものの見方や考え方を、柔らかくしたり、方向をずらす中で、転じていくことを教えられるのです。


それに、「倍返し」するのであれば、もっとお薦めなものがありますよ。それは・・・、もうおわかりですよね。そう。「お・も・て・な・し」の心です。