2014(平成26) 12月号)  
 
 
 
 
 



いよいよ、吉田松陰の妹・文を主人公としたNHK大河ドラマ『花燃ゆ』が、1月4日よりスタートします。文の姉・寿子とその夫・楫取素彦(寿子没後、文と再婚)夫妻とご縁のある極楽寺は、様々な方の来訪や取材があり、住職は長門市の実行委員会のお手伝いと、大忙しの一年になりました。

 皆さん、ぜひご覧下さいね。極楽寺では、今まで裏番組の『世界の果てまでイッテQ』を見ていたのですが、一年間「イッテQ」は禁止とし、日曜日夜8時は『花燃ゆ』を見ることを子どもたちにも通達しております。


 さて、極楽寺のある長門市三隅は、実は楫取夫妻と縁の深い人々がたくさんおられます。
 「シベリアシリーズで有名な画家の香月泰男」「長州藩の財政改革を果たし維新の礎を築いた村田清風」そして、「明治・大正期に山口県初の女医として医療活動や社会貢献活動に尽力された中原篷」の三人を「三隅三賢人」と顕彰しているのですが、中原篷の父・復亮は楫取の群馬時代の部下でした。篷自身も、群馬で幼少から教育を受けています。

 また村田清風は、楫取素彦と大変親しい間柄でした。
当時藩の重鎮であった清風は、若き素彦に期待し、江戸留学にあたっては餞別を送り「あの先生のもとで学べ、あの本を読め」といった手紙を書いています。清風没後、素彦は吉田松陰から、清風の伝記を書くように薦められました。素彦の多忙と資料不足により、果たすことはできませんでしたが、松陰は素彦に対し「お前は、清風先生の伝記を書く資格がある。いや、お前が書くべきだ。」と思っていたのでしょう。

  その後、幕府恭順派が長州藩の政権を握った時、倒幕派の素彦は牢に入れられますが、その際一緒だったのは、村田清風の息子・大津唯雪でした。彼は、寿子亡き後、素彦に文との再婚を薦めています。

  そして、先日発見され、発刊された素彦の伝記を書いたのは、清風の孫・村田峯次郎でした。つまり素彦は、村田家と三代にわたり親しくしていたのです。しかし、清風の伝記を書こうとして断念した素彦は、まさか清風の孫に自分の伝記を書いてもらうとは思ってもいなかったことでしょう。



 


村田清風


 


そして、忘れてはならないのは、三隅浅田出身の周布政之助です。(ドラマでは、石丸幹二さんが演じられます。)彼は、素彦の同志でした。政之助は、村田清風の流れを汲む改革派(倒幕派)の政治家であり、木戸孝允(桂小五郎)の親友でもありました。彼が藩政の中心の座に就いた時、吉田松陰は「同志の藩政府ができた。近代一代の快挙なり。」と喜んでいます。


  萩博物館の道迫研究員によると、彼は「スーパー中間管理職」なのだそうです。野党の保守派(幕府恭順派)からは叩かれ、同志である改革派でも元気な吉田松陰や高杉晋作からは「お前の政治はぬるい」と叩かれる。でも、晋作らの尻拭いはきちんとするし、長州ファイブをロンドンに送るなど先見の明も持ちながらも、手柄はすべて彼らのものと、中間管理職の鏡のような人だったと言われていました。(周布政之助は酒癖の悪さで有名ですが、それも中間管理職のストレスからではないかとも話しました。今の時代に通じるような切ない話です。)


 ちなみに、当時の藩主・毛利敬親は、「そうせい公」とあだ名されていました。長州藩では、改革派と保守派の政権交代が頻繁におこなわれていましたが、どちらが政権をとっても、優秀な人からの提言にはすべて「そうせい」と任せていたからだそうです。当時は、常に先頭に立ち、国政にも積極的にかかわるような、強いリーダーが名君とよばれていたそうですから、「そうせい公」というあだ名には、多分の嘲りが込められていたのではないでしょうか。



 しかし、考えてみて下さい。人を信頼するのと、疑うのと、どちらがしんどいことでしょうか。任せること、成長を待つことは、本当に大変です。自分でやるほうが、どれだけ楽か。でも、「お前らはバカなんだから、オレの言うことを聞いていればいい」といった態度では、上司の顔色ばかりを伺うような、思考停止した人しか育ちません。責任はお前、手柄はオレという態度も、現場のやる気を削いでいきます。やはり、人間がパフォーマンスを最大に発揮できる環境とは、「責任はオレがとるから、思い切ってやれ」と背中を押された時でしょう。
 (これは、無責任な態度とはまったく違います。見守ることと無関心も違うことです。)



 そう考えると、「そうせい公」毛利敬親がトップにいて、「スーパー中間管理職」の周布政之助がいた長州藩だからこそ、あれだけの人たちが育っていったのではないでしょうか。







周布政之助



 
 

それは、「私が必ず受け止めるから、あなたの人生を、精一杯生き抜いて欲しい」という阿弥陀如来の願いとも通じるところがあるように思えます。受け止めてくれる人がいる。信頼してくれる人がいる。それは人間が生きる上でとても幸せなことですし、一番成長できる環境ではないかと思うのです。


 先日、山口県知事さんとお会いする機会があり、この話をさせていただきました。「山口にはこんな先達がおられ、こんな伝統があるんですよ。」と。
 でも、ハッと気づいたことがあったのです。偉そうにこんな話をしていながら、私は子どもたちに対してどんな態度をしているのだろうかと。信じているだろうか、成長を待っているだろうか、見守っているだろうか。「そうせい公」や周布政之助とは、全く違った態度をとっている私は、ただただ赤面するしかありませんでした。



 大河ドラマと関わることで、多忙の中にも、様々なことを教えられている毎日です。どうぞ皆さま、『花燃ゆ』よろしくお願いいたします。■