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さて、がんを告知されてからの私のふるまいに、「前向きなんですね」と声をかけられることがあります。
でも私としては、「いやいや、前だけではありません。後ろも向いてますよ!」と言いたいのです。
一般的に「後ろ向き」というと、ネガティヴな行為だと思われてしまうのかもしれません。いやいや、そんなことはないのだと、声を大にして言いたいのです。前だけを向くことは、大切なことから目を背けることに繋がるのではないか、などと私は考えているのです。
ところで皆さんは、クリエイティブディレクターという職業をご存知でしょうか。企業のイメージや商品などについて、企画から制作までの指揮をとる総合責任者です。
その、日本におけるトップランナーが佐藤可士和さんというお方。キリンビール、ユニクロ、楽天、セブンイレブン、TSUTAYA等々。彼のお仕事は、誰もが知っている有名企業ばかりです。そのお仕事に接したことのない人はいない…と言っても、過言ではないかもしれません。
佐藤さんはどんなプロジェクトでも、スタートする前に「最高のストーリー」と「最悪のストーリー」を考えるのだそうです。そうして、「最悪のストーリー」になった時に持ちこたえられるか?みたいなことをクライアントと話し合います。つまり、撤退ポイントをまず描いておくのです。
それを確認し、最悪に備える精神状態をあらかじめセットしておくと、逆に「ここまでは大丈夫」と安心してアクセルを踏めるのだとか。結局、最高、最悪双方をきちんと想定したプロジェクトでは、大失敗が起きたことも、チームのメンバーが些細なことで動揺することもなく、平常心で息切れせずにゴールまで行けるのだそうです。(日経BOOKプラス『佐藤可士和を電光石火で動かした作家・今村翔吾の「手紙」』)
これは、人生の歩み方にも通ずるのではないかと考えさせられました。「最悪を想定する」ことは、後ろ向きの行為だと煙たがられます。しかし「最高」だけの想定では、トラブルに対して脆くなるのです。「最悪」な状況でもないのに動揺したり、すでに「最悪」な状況に陥っているのに一人で抱え込んでしまったり。どこまでなら大丈夫か。どこで、誰に助けを呼ぶべきか。そんな想定をちゃんと描いておく方が、平常心で息切れせずに、人生を歩むことができるのではないでしょうか。
仏教では、私たちは必ず老い、病み、死んでいかなくてはならないという厳粛な事実を抱えていると指摘します。
また、「諸行無常」(この世のすべては移り変わる)という真理をも突きつけます。『平家物語』の冒頭にも、「盛者必衰の理」「おごれる人も久しからず」とありますよね。どんな勝ち組であっても、いつかは必ず落ちぶれていく。その事実を、歴史を踏まえて示されているのです。
但しそれらは、ネガティヴな行為ではありません。事実と向き合う中で、冷静に対応する精神状態をセットしておく。浮かれて、足元を見失う態度を戒める。何をよりどころとすべきかを、問い直す。そのことが、迷いから解脱への道を示し、人生を歩むパフォーマンスを高めていくのだと示されているのです。
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