2026(令和8)年8月号 





 変わらず、元気に過ごせています。がんが小さくなっているわけではありませんが、何とか抑えられているのでしょうね。様子見の状況も、相変わらずです。

 しかし、ホントに暑い日が続きます。昨年は入院生活が長かったので、暑さはほとんど気になりませんでした(病院は、しっかり冷房が効いていますから)が、だからといって病院が良いかと言われると、ゼッタイに家が良いです!と即答致します。
 
 家にいれることの有り難さを、暑さを通して、改めて感じている今日この頃です。








 さて、がんを告知されてからの私のふるまいに、「前向きなんですね」と声をかけられることがあります。
 でも私としては、「いやいや、前だけではありません。後ろも向いてますよ!」と言いたいのです。
 一般的に「後ろ向き」というと、ネガティヴな行為だと思われてしまうのかもしれません。いやいや、そんなことはないのだと、声を大にして言いたいのです。前だけを向くことは、大切なことから目を背けることに繋がるのではないか、などと私は考えているのです。


 ところで皆さんは、クリエイティブディレクターという職業をご存知でしょうか。企業のイメージや商品などについて、企画から制作までの指揮をとる総合責任者です。
 その、日本におけるトップランナーが佐藤可士和さんというお方。キリンビール、ユニクロ、楽天、セブンイレブン、TSUTAYA等々。彼のお仕事は、誰もが知っている有名企業ばかりです。そのお仕事に接したことのない人はいない…と言っても、過言ではないかもしれません。


 佐藤さんはどんなプロジェクトでも、スタートする前に「最高のストーリー」と「最悪のストーリー」を考えるのだそうです。そうして、「最悪のストーリー」になった時に持ちこたえられるか?みたいなことをクライアントと話し合います。つまり、撤退ポイントをまず描いておくのです。
 それを確認し、最悪に備える精神状態をあらかじめセットしておくと、逆に「ここまでは大丈夫」と安心してアクセルを踏めるのだとか。結局、最高、最悪双方をきちんと想定したプロジェクトでは、大失敗が起きたことも、チームのメンバーが些細なことで動揺することもなく、平常心で息切れせずにゴールまで行けるのだそうです。
(日経BOOKプラス『佐藤可士和を電光石火で動かした作家・今村翔吾の「手紙」』)

 これは、人生の歩み方にも通ずるのではないかと考えさせられました。「最悪を想定する」ことは、後ろ向きの行為だと煙たがられます。しかし「最高」だけの想定では、トラブルに対して脆くなるのです。「最悪」な状況でもないのに動揺したり、すでに「最悪」な状況に陥っているのに一人で抱え込んでしまったり。どこまでなら大丈夫か。どこで、誰に助けを呼ぶべきか。そんな想定をちゃんと描いておく方が、平常心で息切れせずに、人生を歩むことができるのではないでしょうか。


 仏教では、私たちは必ず老い、病み、死んでいかなくてはならないという厳粛な事実を抱えていると指摘します。
 また、「諸行無常」(この世のすべては移り変わる)という真理をも突きつけます。『平家物語』の冒頭にも、「盛者必衰の理」「おごれる人も久しからず」とありますよね。どんな勝ち組であっても、いつかは必ず落ちぶれていく。その事実を、歴史を踏まえて示されているのです。

 但しそれらは、ネガティヴな行為ではありません。事実と向き合う中で、冷静に対応する精神状態をセットしておく。浮かれて、足元を見失う態度を戒める。何をよりどころとすべきかを、問い直す。そのことが、迷いから解脱への道を示し、人生を歩むパフォーマンスを高めていくのだと示されているのです。


 
 



 

NHKのEテレで、お笑い芸人の劇団ひとりさんが司会を務める『わたしの日々が、言葉になるまで』という番組を放送しています。毎回テーマを決め、ゲストと共に「この気持ち、どう言葉にしたらいいの?毎日を彩る言葉のヒントを探す」というトークバラエティです。

 先日放送された回のテーマは、「ネガティヴな時思い出したい言葉」でした。「もう無理だ」「限界だ」「何をやっても上手くいかない」と、ネガティヴな感情になったときに思い出し、力にしたい言葉を、脚本家や小説家といった達人の言葉を参考にしながら、様々な立場のゲストと共に探っていきます。

 ゲストの一人は、双極性障害(気分が極端に高まる「躁状態」と、深く落ち込む「うつ状態」を周期的に繰り返す精神疾患)であることを公表している男性ミュージシャン。彼は、「本当にネガティヴな時には、前向きな言葉なんて思い浮かばない。自分から探しに行くことなんて、まずしない」と語ります。だから、「ふと入ってきた言葉でしか救われない」のだと。

 それを受けて、劇団ひとりさんは「だったら元気な時にこそ、落ち込んだ時に頼りになれるものを用意しておいた方がいいかな」と言われたのです。落ち込んだ自分のそばに、置いておける言葉を。


 本当に、その通りだと思いました。誰もが、いつも元気ではいられません。落ち込むこともあるし、病気になることもある。何より、私たちは必ず老い、そして死んでいくのですから。そんな時を想定し、よりどころになる言葉を用意しておく。これはとても大切なことだと、実感しています。なぜなら今の私は、これまで聞いてきた先達の歩みや、コレクションしてきた「心に響く言葉」に支えられているからです。

 もちろん、元気な時の想定には限界があります。想定外のことなんて、いくらでも起こってくる。何より、ネガティヴになった時、どんな言葉が「ふと入ってくる」かなんてわからない。その時、その時の状況も、まったく違うのですから。だからこそ、きちんと後ろを向いて、いろんな言葉を用意しておく。アンテナを、常に張っておくことが必要なのでしょう。


 仏道を歩まれた方々には、落ち込んだ時に頼りになる言葉、ネガティヴな時に支えになる言葉がたくさんあります。歴史が長いだけに、臨床例も多い。お寺では、そんな言葉を用意して、皆さんをお待ちしております。もちろん『極楽寺だより』でも、紹介していきますよ!■