2013(平成25)年7月






「天下無敵」の意味を辞書で調べると、「世の中に並ぶものがないほど優れていること」とあります。これは普通、「すべての敵を倒せるほどの力を持つ」ことだと受け取られているのではないでしょうか。しかし、大きな力があれば敵がなくなるかというと、そうはいかないのが難しいところです。

近頃の政治家には、わざわざ敵を想定し、煽り、自慢の話術で一刀両断することで、ストレスを抱えた庶民の溜飲を下げ、人気を高めるという手法をとる方もあります。しかし、傷口が縫えないほどの切れ味の良い口調で、非情な批判を受けた側には、もはや怨念しか残りません。そこから「共に力を合わせて」とか、「お互いさま」などと言った関係など生まれるはずもないでしょう。だから失言でもすれば、容赦のない反撃にあうのです。私たちも、誰かが切り捨てられることを拍手喝采する前に、それが問題を深刻にしていることに気づかねばなりません。

 










 今月の言葉は、相手の素晴らしさ(勝ち)を認め、讃える(負ける)ことができる人は、もう勝ち負けを超えているから、負けることもない(無敵)という意味だそうです。別の言い方をすれば、作家の吉川英治氏が生涯大切にされた、「我れ以外、みな我が師也」という言葉でしょうか。

 私たちは、負けを認める時にいやいや頭を下げますが、相手の素晴らしさに感動するときには頭は自然と下がるのだと教えられるのです。逆に言えば、自然と頭が下がる人の心の豊かさこそが、「世の中に並ぶものがないほど優れていること」だと言えるのでしょう。

 私たちの先輩方は、阿弥陀様の心をいただく中で、頭が下がる身へと育てられました。そこに、自らの人生を本当に豊かにしていく道を示して下さったのです。今回は、特に深く反省しながら、味わっていることであります。■