2014(平成26)年8月



「世界平和のためにできることですか?家に帰って家族を愛してあげて下さい。」

こう言われたのは、貧しい人々のために生涯を捧げられたカソリックの修道女、マザー・テレサでした。平和の基本とは、まさしく日々の生活にこそあり、その延長線上に世界平和があるのだと教えられたのです。ところが便利な現代においては、日々の家庭生活での怒りや憎しみが、延長線上どころかそのまま社会と直結することになってしまいました。
 日常的に愚痴をこぼす家庭に育った子どもは、同じ感覚でインターネットに人の悪口を書き込みかねません。となり近所で言われるのもイヤなのに、ネットに書き込まれると、言葉は暴走し、大きな影響を産みますから、ダメージはより深刻になります。つまり家庭での軽い一言が、直接社会に大きな影響を与えてしまう時代に、私たちは生きているのだということです。

 しかも、ある有名新聞のホームページには『中国ネットウォッチ』というコーナーがあり、そこでは中国の人たちが「ネット上で、こんなに日本を攻撃する書き込みをしている」と、その書き込みのデタラメさを挑発的に紹介しています。
 冷静に考えてみれば、インターネットの書き込みは玉石混交であり、日本でも劣悪でデタラメなものは幾らでもあります。軽い気持ちで書かれたものなのか、深い悲しみの中から生まれたものなのかは、しっかりと裏づけをとらなければわかりません。少数の攻撃的な意見を、全体意見のように扱われてはたまらないでしょう。しかし、それを有名新聞が取り上げ、煽ることが、現に行われているのです。軽い気持ちで書き込んだ怒りが、国同士の争いの火種にまで繋がりかねなくなっているとは。なんと怖い話ではありませんか。



 日本のシンクロナイズドスイミング界を牽引し、「シンクロ界の母」と呼ばれる井村雅代さんが以前中国代表監督を務めた際、こう言われていました。
「日本にいると、中国のよくない面/ばかりが強調される。でも、実はそうじゃないんですね。中国はともかく大きい。人口も日本の十倍以上いる国。だからいい人も日本よりたくさんいれば、悪い人もたくさんいる。/日本の報道も嘘じゃないけれど、どこにフォーカスするかの問題だけなんです。」(『Sports Graphic Number 696』)

 
 中国にはたくさんの人がいるから、攻撃的な意見も数としては多いけれども、それ以外の意見もたくさんある。ごくごく当たり前のことです。報道とは一面を切り取る作業ですから、どんな意図で切り取ったのか、切り落とされた部分には何があるのかに、思いを馳せる想像力を大切にしたいものです。一時の感情的な怒りであったとしても、それが大きな戦争に結びつきかねない時代に生きていることを、私たちはもっともっと、真剣に考えなくてはなりません。
 
小さな怒りが、世界平和の灯りを吹き消しかねないのだという状況にいることを。■