2023(令和5)年3月


父である前住職がお浄土に参らせていただいた後、葬儀準備をする中で、どの写真を遺影にしようかと探していました。すると、満面の笑みを浮かべたものが見つかったのです。「これがいいんじゃないか」と家族に相談したところ、「らしいよね〜」と賛同を得て、決定へと至りました。親戚やご門徒にも大好評。「ご院主さんらしい、いい写真だ」と、言っていただきました。

また、遠方のご門徒から送られた弔電や手紙には、「仏様のような笑顔の方でした」「もう、あの笑顔にお会いできないのかと思うと悲しくてなりません」という言葉がありました。「あんな笑顔ができる人って、なかなかいないよ」と言ってくださる方もありました。思い出す時、いつも笑顔が思い浮かぶ。前住職は、そんな生き方をしていたのだと、思わされたことでした。




 
遺影にした、前住職の写真



仏教では、にこやかな顔で相手に接することを「和顔悦色施」、やさしい言葉で接することを「言辞施」と言います。笑顔で接し、やさしい言葉をかけることは布施行、つまり施しなのだと。
  確かに、和かな笑顔で、温かなまなざしで、優しい言葉をかけられる時、人の心は温まります。冷ややかなまなざしと、事務的なだけの対応では、どんなにたくさんのお金や物を貰ったとしても、そこに喜びは生まれません。逆に、受け取る側に劣等感さえ起こさせてしまいます。施しとは、単に与える行為ではなく、受け取る相手に温もりや喜びを生み出す行為なのです。

前住職は、いろんな方から「温かな笑顔で、接してもらった」と言われた人でした。また、様々な役職に就き、「地域に大きく貢献してきた人だ」と言ってくださる方もありました。まさに、「施しの人」といったところでしょうか。受け手から見れば、そう思われるのかもしれません。しかし前住職は、施しているつもりではなかったのでは…という思いが私にはあるのです。

笑顔のない環境で育てられた人は、笑顔を作ることは難しいと聞いたことがあります。つまり、施された経験があるからこそ、人に施すことできるのだと。ならば、たとえどんなに施されていたとしても、その施しに気づけなかったら、経験していないことと同じだとも言えるでしょう。
 そう考えると、施された笑顔に気づいたからこそ、前住職の笑顔があったのではないか。いただいた笑顔に報い、喜びを分かち合おうとしていたからこそ、あの笑顔が育まれたのではないか。そして、その気づきを与えてくださったのは、阿弥陀様のはたらきではなかったか。そんなことを思うのです。




 『大無量寿経』というお経には、「和顔愛語 先意承問」という言葉が出てきます。「和顔」はやわらかな顔、「愛語」はやさしい言葉。つまり、文字通り、笑顔で愛情のこもった言葉で話すこと。そして、「先意承問(意を先にして承問す)」とは、相手のこころを汲み取ってよく行動することと訳されます。

この言葉は、法蔵菩薩という方が、仏に成るための修行に励むところに出てきます。法蔵菩薩はその後、悟りを開き阿弥陀仏と成られました。つまり阿弥陀様は、私たちのこころを汲み取り、和かな笑顔で温かな言葉で接してくださる仏様だと示されているのです。

つまり前住職は、阿弥陀様の和やかな笑顔に包まれていることに気づき、そこからまた、周りの人から施されている笑顔に気づく心が育てられた。感謝し、報いていく人生を歩んだからこそ、あの笑顔があったのだと思うのです。前住職は「施しの人」でなく、「施しに報いた人」という表現がふさわしいと、私は考えています。 

では、私の生き方は…と考えてみると、どうなのでしょうか。施されている笑顔に気づき、報いているのか。私を思い出してもらう時、笑顔を思い出してもらえるような歩みをしているのか。どうも、そうではないようです。



前住職が亡くなる前、「これは、お前がどうにでもしたらいい」と、私の小学校からの通知表を渡してくれました。大切にとっておいてくれていたのです。そんなに良い成績ではありませんが、家族に見せると突然大爆笑が。中学時代の通知表に、担任の先生から「感情がすぐに顔に出て、相手を不快にさせる時があります」というコメントが書き込まれていました。大人になってからも私のことを心配し続けてくれた、恩師といえる先生からのものでした。

「昔から、そうだったんだね」「らしいよね〜」と、みんな大笑い。私は苦笑いしながら、成長していないことを、つくづく実感させられたことでした。
  もう一度、施されているものを、味わい直してみようと思います。阿弥陀様から、前住職や恩師から、そして共に生きている人たちから。この歳ですから、もう笑顔を思い浮かべてもらうことはできないかもしれませんが、これからの人生をより豊かなものにするために。■






 
門徒葬の際、遺影を大きく引き伸ばしてもらい、本堂正面に飾りました。
一緒に記念撮影をした方もありました。