2012(平成24)年   

思想家の内田樹先生が、ある東大出の若者と話をして、あまりにものを知らないので驚いたことがあったそうです。さすがに内田先生が、「何で君はそんなにものを知らないんだ」と訊ねると、彼は「だって僕全然勉強しませんでしたから」と明るく笑って答えたとのこと。つまり、彼は自慢しているのです。子供の頃から試験は一夜漬け、レポートは人のものを丸写し、試験はカンニング。要領だけで、全然勉強せずに超一流の学歴を手に入れました。そんな僕って凄いでしょう。彼は何の疑問もなく、誇らしく語ったそうなのです。
  この考え方を内田先生は、「消費者マインド」と指摘されています。確かに、できるだけいいものを、できるだけ安く、簡単に手に入れようというのが、「消費者」といわれる私たちの考え方なのかもしれません。そして、その考え方がすべてに適用されている時代なのでしょう。


  しかし、こんな若者ばかりの世の中って、どうですか。トークが達者で、要領がよくて、見栄えばかりに気を使う。ウケのいいことはやるけれども、地味で結果が見えにくいものには手をつけない。汚い、くさい、キツイ仕事はやりません。そんな人ばかりの世の中は、本当に薄っぺらで、心貧しいものだと思いませんか。でも現実にはそんな人に人気があって、そんな生き方に憧れている人の方が、多いのではないでしょうか。

 

お念仏の教えを根っ子に、生涯を教育に尽くされた東井義雄先生が初めて校長をされた小学校は、築八十年の古い校舎でした。しかし、立派な木が使われ、しかも柱・腰板・板戸・床板等しっかり磨かれ、味わい深く光っていたそうです。東井先生は、この光を曇らせてはならないと、毎日、子どもたちと磨き続けられたのですが、後任の校長先生は、すべて青白いペンキを塗ってしまわれたのです。パッと明るい感じにはなりましたが、やがてペンキの色がさめ始めると、老いの醜さばかりが目立ち、言いようのないあわれさが露出してきたそうです。

東井先生は言われます。「磨く文化が否定されて、飾る文化が横行してきているのだ」と。磨く文化は内を大切にする文化です。飾る文化は、見えないところよりも見えるところを気にする文化です。表を飾って、中のお粗末さを誤魔化す文化です。

 

  私たちは、表ばかりを気にして、見えないところに思いを馳せる心を忘れてしまったのではないでしょうか。そして、本物と贋物の見分けもつかず、薄っぺらな生き方しかできなくなってはいないでしょうか。お念仏の教えとは、見えないけれども私を支え生かして下さる世界を思い、受け止める「心の眼」を育てて下さる教えです。そこにこそ、深くて心豊かな生き方があるのだと、教えて下さるのです。■