2014(平成26)年3月   




昔々あるところに、欄干もなく、雨が降れば消えてしまうような、小さな一間幅の橋がありました。そこに旅人がやってきて、足を踏み外してしまったのです。咄嗟に橋の袂にしがみつきました。何とか上ろうともがくのですが、うまくいきません。

  するとそこへ、お百姓さんが通りかかりました。
  「助けてくれ」と叫ぶ旅人。お百姓さんはニヤニヤしながら、「手を離しなさい」と言って、その場を立ち去ろうとしました。「なんと薄情な、助けてくれ、助けてくれ」と叫んでも、振り返り、また「手を離せ」というのです。そうはいかない旅人は一生懸命しがみついていたのですが、とうとう力尽きてしまいました。

  「助けてくれ〜」まっさかさまに落ちたと思ったら・・・・・、
そこは、すぐに足がつく河原でした。大地はすぐそこだったというお話です。

 私たちは、いろんなものにしがみついて生きています。お金やモノ、名誉や肩書き。ちっぽけなプライドや強さ。「これを手放しては、生きてはいけない。」そうやって、橋げたにしがみつき、落ちたらお終いだと、自分で地獄を作り、自分の思いにしがみついているのが私たちの姿ではないでしょうか。

 しかし、落ちるということは大切なのです。落ちて、大地に足がつくということが大切なのです。
 金子大栄という先生は、「落ち着くというのは、落ちて着くのですよ」といわれています。落ちたところには、大地がある。私を支えて下さる人たちがいて、私を思って下さる世界がある。

手を合わせ、拝む心とは、まさしくそんな世界と出遇う姿です。心落ち着いた世界が、そこにあるのです。■