2016(平成28)年10月   





東日本大震災が起きて、今年で5年目を迎えました。そんな中、今度は熊本で、大変な地震が起きました。東北でも、熊本でも、今なお大変なご苦労をされている方が多いと聞きます。忘れることなく、できることをさせていただきたいと、思うことです。



さて、2004年には新潟県中越地方でも大きな地震があり、やはりたくさんの方が大変なご苦労をされました。その時、当時2歳の男の子が、レスキュー隊員の方々の命がけの救助により、地震発生から92時間後、奇跡的に救出されたということがありました。助けられた彼は、今16歳になっているのでしょうか。

私は彼に、助けられたいのちであるということを忘れないでいて欲しいと思うのです。そんなことを言うと最近は、恩着せがましいとか、負担だと受け止められることが多いようです。でも、私はそんなことを言っているわけではありません。借りができたとかいうようなレベルの話でもないのです。

 

 彼がこれから生きていく中で、挫折することや、失敗することがあるかもしれない。時には、つまらない生き方をしていると自分を恥ずかしく思うこともあるかもしれません。でも彼は、どれだけ挫折しても、失敗しても、どれほど自分が嫌いになっても、自分のいのちまで粗末に扱ってはならないのです。

 なぜなら、たくさんの思いが、彼を助けたのです。たくさんの願いが彼のいのちを支えたのです。助けられたこのいのちは、自分一人のいのちではないのです。だから彼は、自分自身を蔑み、傷つけることはしてはならないのです。

 

考えてみれば、それは彼だけの話ではありません。私たちみんな、それぞれに願いをかけられているのです。私が知らなくても、親から、周りの人たちから、そして阿弥陀様から。

親鸞聖人は御和讃に

「南無阿弥陀仏をとなふれば 十方無量の諸仏は 
            百重千重囲繞して よろこびまもりたまふなり」

と歌われています。南無阿弥陀仏を称え、お念仏に込められた心を味わう時に、無量の仏様が、私を百重にも千重にも囲んで、護り、支えて下さっている事実に気づかされていくのだと。

 

私がしていることは、どんなに愚かでお粗末であっても、私のいのちそのものには、願いがかけられ、護られ、支えられているものであったのです。私が知ろうが知るまいが、阿弥陀様から願いがかけられているいのちだったのです。

だから、自分を蔑んではいけない。そして、共に願われている仲間を、蔑んではならないのだと教えられるのです。深く味わいたいものです。■