2011(平成23)年8月
 山口新聞『東流西流』
 





 三隅にある香月泰男記念館の題字は、私の大好きな俳優、故緒方拳さんのものです。一時期、彼の主演映画を集中的に見直したことがありました。大好きなのは野村芳太郎監督の『鬼畜』と、今村昌平監督の『楢山節考』。どちらも人間の弱さ、愚かさ、悲しさ、そしてそれを突きぬけた優しさを深く描いている作品です。私たちが日頃敬遠しがちな弱さ、愚かさが、作品をより深いものにしていることに驚きました。『復讐するは我にあり』も凄かった。何年か前にテレビでリメイクされましたが、こちらは正直見劣りしました。それは演技力や演出力の差というよりも、人間の弱さ愚かさから目を逸らし、正しさや強さばかり求める、今の時代の幅のなさによるものだと思います。『楢山…』『復讐するは…』を監督した今村昌平の、人間を底の底まで見つめようとする、鋭く且つ温かなまなざし。それに応えるような緒方の重厚な演技。いやはや圧倒されます。人間の複雑さから目を背けない態度が、深くて豊かなまなざしを生み出すのでしょう。

 幅のない時代を代表するような私ではありますが、そんな見方が少しでもできたなら、人間の幅や深みも出てくるのかもしれません。実は、私がそのことを最初に教えられたのは、親鸞という方からだったのですが。■