2012.7.25



  また、また、極楽寺の封筒のデザインが、変わりました。   








またまた、極楽寺の封筒のデザインが変わりました。前回の更新から、ちょうど一年になります。今回は、浅田正作さんの言葉を使わせていただいております。

   願いを聞こう 
   願われて 願われて
   願われて 生まれてきた
   願われて 育てられてきた
   その願いを聞く身になろう

 お釈迦様の少年時代のお話に、「鳥を射落とした者と、その鳥を助けた者。鳥はどちらのものなのか。」という問いに対して、長老の賢者が語られた言葉が伝えられています。

「いのち、それは愛そう愛そうとする者のものであり、
       傷つけよう傷つけようとする者のものではない」

 近頃は「私のいのちは、私のもの。だから、何をしても自由だ。」などという言葉が、当たり前のように語られています。しかし、自分で自分のいのちを傷つけようとしているならば、いのちへの冒涜です。ならば、「何をしても自由だ」とは言えないのではないでしょうか。
 阿弥陀如来の願いは、「一人ひとりを尊び、敬っていこう」という願いです。「あなたが、地獄に堕ちるならば、私も共に堕ちよう」という願いです。長い歴史を通して、この私にかけられている願いを聞く身となる。その願いに生きる。そんな生き方こそが、自分のいのちを本当に大切にして生きることにつながるのではないでしょうか。■

※「自分の願い」と「かけられている願い」につきましては、今月の言葉2010年1月もご覧いただければと思います。






最新版のデザイン


これまでのデザインは、こちらをご覧下さい。