福岡市の東区に、私立の「立花高校」という学校があります。この学校は、「入試で、名前さえ書けば入学できる」ことで有名です。そう聞くと、レベルの低い劣った学校なのだろうと、思われるかもしれません。実際に、そう思われた時代もありました。ところが今や、文科省の役人や他の学校の先生たちが視察に来て、驚き感動して帰っていくという大注目の学校なのです。
実は、この学校へ通う生徒のおよそ八割が、小中学校で不登校を経験してきました。障害のある子もいます。でも、みんなとても生き生きしているのです。この学校の設立は1957年。「一人の子を粗末にする時 教育はその光を失う」を理念として、当時の教育に違和感を抱いた公立高校の先生たちが、退職金を持ち寄って作った学校です。誰でも入れる学校とバカにされ、1970年代には全校生徒が3人になったこともありました。それでも「一人の子を大切にする」という理念の下で学校運営を存続し、今では定員を超える520人の生徒が在籍しているのです。
現在校長をされている齋藤眞人先生は、講演でこのように言われています。
立花高校に赴任した当初、ビックリしたことが多かった。例えば、濃い化粧をして登校する女子生徒がいる。もちろん学校のルールでは、化粧はNG。だけど、先生たちは「あれは自分を守るために、自己防衛で化粧してくるけんね~、化粧とったらあの子は来れんくなるけん、どうしたもんかね~」と話される。そんな言葉を聞いて「あぁ、この学校の先生は、ルールよりも子どものことを真剣に考えているんだ」と感動した。みんな、悩みを抱えている。誰もが、それぞれの立場で頑張っている。この学校の先生たちは、そんな事情に向き合い、「ルールだから」と切り捨てることをしない。一人ひとりに寄り添う教育とは、こういうことだと思った。
そして実際に、名前さえ書けば入れる学校。なぜなら、優劣をつけることなんてできないから。来たいと思って、頑張って試験を受けてくれる。それだけで嬉しいから。
入試前、お母さんから「入試に私服で行ってもいいでしょうか」と電話がかかってくることもあった。ずっと中学校に行けなかったから、久しぶりに制服を着ると身体が成長していて入らない。もちろん答えは、「私服でどうぞ」。外出自体が数カ月ぶりという子だっている中で、入試を受けようとしている。それが親子にとって、どんなに大きな一歩か。
入試の日、学校前の坂道で、緊張のあまり吐いてしまう子もいた。吐くほどの緊張と、その子は闘っている。すると、通りがかった別の学校の子が背中をさすって「大丈夫だよ」と励ましていた。その光景を見て、胸が熱くなって泣けて、泣けて。そんな子たちを、とてもじゃないが落とせない。
入試当日の朝、「どうしても子どもが家を出ない」という保護者からの電話があれば、以前は職員が自宅まで車で迎えに行っていた。でも、それはやめた。無理して連れてくるのは違うと思ったから。今は、「本人が来ようと思うまで待ちましょう。私たちは来年でもいつまでも待っていますから」と伝えている。保護者だって本人だって、つらい。頑張っている。だから入試の日はいつも「頼むから学校に来て、そして名前を書いて」と、願っている。そうすれば、あとは一緒にやって行こう。それまで、待っている…と。
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