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生涯を学校教育に捧げられた、東井義雄という先生がおられます。同時に浄土真宗のお寺の住職で、阿弥陀様のお心を味わいながら、阿弥陀様と共に人生を歩まれた方でした。その東井先生には、苦難の時期がありました。将来を嘱望された息子さんが突然意識不明となられ、またご自分も癌にかかられたのです。執筆も多く、名前の知られた方でしたから、様々な人たちから「罰が当たったのだ。私のご宗旨に変わられてはどうか」「御祈祷されては」「あなたの因縁を見てもらっては」とアドバイスが寄せられました。その時先生は、すべてのアドバイスを丁寧にお断りされ、このように言われたそうです。
「如来さまは/私たちに「生きてよし、死してよし、どことてもみ手のまんなか」
の世界を、お恵みくださるのです」(『仏の声を聞く』東井義雄)
この言葉、凄くないですか。私は、シビれました。人生の苦難の中で、その事実を受け容れ、語られた言葉です。老病死と向き合い、生と向き合いながら、人生を尊いものとして歩める道がここにある。その確かさが、この一言に込められているようで、本当に感動しました。
そんな先人たちの歩みを学び、人生の宿題と向き合う場として、お寺があるのです。
「世界にお布施を」を合言葉に、宗派を超えた仏教僧侶が集まり、世界の平和と人権に関わる問題に取り組む国際協力NGO「アーユス」という団体が、東京にあります。その事務所は、有名な庭園の向い。そこへの行き帰りの人たちに、自由に持っていってもらえるようにと、パンフレットや冊子が事務所の外に置いてあります。
ある日のこと。男女四人位のグループが冊子を手に取り、話している声が事務所の中に聞こえてきました。
「えーっ何これ、『フリースタイルの僧侶たち』だって」
「へー、そんなのあるんだね、一部もらってく」
「うん、ちょうだい」
それを手にし、特集記事を見て
「うわっ何これ、『お寺に行こう』だって!」
「あはは、やだよー、やだやだ、お寺に行こうなんて」
と冊子をラックに戻して立ち去って行きました。その笑っていた男女はいずれも間違いなく、七十歳を超えていたそうです…。
「そのうちそのうち」と言いながら、一体いつになったら向き合うのやら。いや、その人たちを笑っているのではないのです。私もお寺に生まれて住職になってなかったら、きっと同じようなもの。そんな私であることを気づかされ、そんな私のためにこそ阿弥陀様ははたらいてくださっているのだと、教えられ、育てられているのです。
お寺って、やっぱり凄い場所だと思います。ぜひ、誘い合わせてお参りください。人生の宿題を解決するためにも。■
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