

|
| 2026(令和8)年3月 |
曹洞宗の僧侶・ 酒井大岳さんが、ネパールのチトワン国立公園内の大密林を、通訳のシェルパと歩いた時のこと。所々に、直径四メートル程の円形の窪みがあることに気づいたそうです。するとシェルパが、「これは老いたサイが、死ぬ前に作る水だめです」と説明してくれました。
「雨期の終わりの七月頃、年老いたサイが一族を集め、体を横にしてぐるぐると回り、土をこねます。そこに雨がたまり、落ち葉が積もって水の蒸発を防ぎ、水だめになります。ネパールでは、八月から翌年三月頃までの約八ケ月、乾期で雨が降りません。その間、水がなくて死ぬ動物はたくさんいます。でもサイの一族には、その心配はありません。水のあるところを知っているからです。もちろん、ほかの動物や鳥たちもやって来て、サイが作った水だめの水を飲みます」
「サイの一族は怒りませんか?」
「怒りませんよ」そして、こう続けました。
「水だめを作るときに一族を集めるのは、こうしないと冬は越せないことを子孫に伝えるためです。これは人類の歴史よりも長く、何万年も続いているそうです」と。
長い歴史を通して自分のために伝えられたことを受け継ぎ、また新たな歴史へと繋げていく。壮大な歴史の中に、自分の生を見出していく。スケールの大きなお話です。
|
|

|
ところが近頃は、「受け継ぐ」「伝える」という営みが、虚しいものになろうとしています。
昔は、先祖から伝えられた山や田畑を継ぎ、家業や地域文化を受け継ぐのは当たり前のことでした。受け継いでくれる相手がいるからこそ、伝えることへの責任感や充実感も生まれていました。
しかし今や、受け継ぐ人のない田畑は増え、田舎から若者の姿は消えつつあります。これには、経済的な問題をはじめとした様々な要因があるのでしょうが、その一つとして「社会の流動化」が指摘されています。「流動」とは、読んで字の如く「一か所にとどまらず、流れ動くこと」。一か所にとどまり、その地に根を張るよりも、自由に流れ動くことが優先される時代になったのです。
それは、悪いことではありません。流動性が高い国ほど、生まれた階級や環境から抜け出しやすく、自由や平等が実現されていると言われています。それに、人もモノも動かしやすくなるほど、効率よく運用できますし、合理的だとも言われます。
但し仏教では、どんなに良いことでも偏ると、迷いが深まると指摘されます。確かに、流動化に偏った歪みが、今や様々な形で表れているようです。
流れを悪くし、動きにくくするものは、すべて邪魔もの扱い。地縁や血縁はその代表格でしょう。人間関係はしがらみに過ぎないし、山も田んぼもお墓も負担でしかない。いや、自由に生きることを妨げる、呪縛のように受け止める人もいます。それはお寺という流動性の悪い場にいると、よく見かける光景です。
こんな状況では、自分に伝えられたことを次の世代へ伝えるという営みが、虚しいものに感じられても仕方がありません。伝えようとしても、受け継いでくれる者がいない。古臭くて、無駄なものだと決めつけられ、負担を押し付けるなと眉をひそめられる。そんなふるまいは、葬儀や法事といった伝統的な場において、何度も見かけるところです。
|
|

|
|
ただ、流動性が低かった時代には、「根無し草」という表現が使われていました。一つの場所に定住せず、転々としている不安定な生き方。それらを、水面に浮かび漂う水草に譬えたもので、あまり良い意味ではありませんでした。
つまり流動性が高く、自由であることは、同時に不安定だということなのです。人間関係が濃密な中にいると、流動性は悪くても安定しています。水分を含んだ粘土のように。そして、その人間関係は濃密な分、助け合うことへの責任感もありました(もちろん、鬱陶しさや圧力も伴って。偏らないって、難しいことなのです)。
ところが、乾いた砂粒のように流動性が高くなると、サラサラとこぼれ落ちる危険性を孕みます。つまり、人間関係から自由になることは、孤立していくことでもあるのです。
調子が良い時は、それでもいいのかもしれません。強くあれる時なら、不安定でも何とかなる。但し仏教では、すべてのものは常に変化し、変わらぬものなどないとも指摘します。つまり人間は、いつまでも元気で強くはいられないのです。そんな時、よるべきところを持たない孤立した状況は、かなり過酷だといえるでしょう。
にも関わらず、人間関係を呪縛のように考えることで、助けを求めることを、人に迷惑をかけることと同義にしてしまいました。そうして、「人に迷惑をかけてはいけない」という新たな呪縛が生まれ、孤立は加速しています。
何より、地縁や血縁といったものを断ち切ることは、人間関係からの孤立だけでなく、歴史からの孤立をも生み出します。壮大ないのちの歴史の中に、自分を見出すことができなくなる。小さな砂粒のようにしか自分を感じられなくなる。「自分さえよければ」「どうせ死んだら終わり」と、自分の人生をスケールの小さなものにしてしまう。
ちなみに、「根無し草」のことを、フランス語で「デラシネ」と言います。「根から引き抜かれた」という意味から転じて、「故郷や祖国から切り離された人」を指して使われます。それは同時に、精神的なよりどころを失った人、自分が何者かを見失った人のことをも指しています。そんな「根無し草」の生き方や孤立した状況を、私たちは子孫に遺そうとしてはいないでしょうか。
|

|
|
浄真宗大谷派のお寺の坊守さんで、鈴木章子さんという方がおられました。お念仏の教えをよりどころに、がんとの闘病生活を、確かな足取りで歩まれた方でした。
ある時彼女は、入院先の病院の婦長さんから、こんな質問を受けました。
「あなたは、高校生の息子さんが卒業されるまでの三年間、生きていたいということでしたね。子どもさんたちに、何をしてあげたいと思って三年とおっしゃったのですか」。
何気ない婦長さんの問いは、鈴木さんのすべてを傾けるほどの、大きなものとなりました。考えてみれば、私がいなくても学資は仕送りができる、ご飯も食べられるし、子どもたちはちゃんと生きていける。そう気づいたとき、自分というものが明白でないまま生きてきたことに気づかされたからです。
そして、子どもたちにとって私の存在とは何か、私は何を遺すべきかを問い直された上で、婦長さんにこのような手紙を書かれました。
「自分のすべきことが、分かりました。がんでも逃げない姿を、子どもたちに見せます。そうすれば、僕たちも逃げてはいけないと生きていってくれるに違いない。がんでも笑っていたお母さんというイメージを、三年間残していこうと思います」と。
ところが、ある時ふっと考えたそうです。果たして最後まで笑っていられるのか。痛みに支配されたとき、どんな私でいられるのか。何より、無理して強い姿を見せることは、「強くあらねば」という呪縛を遺すことにもなりかねない。鈴木さんは、新たな問いと出会われたのです。ここに、大きな転換がありました。そして本当に遺すべきは、阿弥陀さまのはたらきだと落ち着かれたのです。
「今、私が子どもたちに願うことは、お母さんががんになって何に気づかされたか、そしてお母さんはどこへ帰っていくのかということを、しっかり見てほしいと思います。私の帰っていくところを、私の死を通してうけとってくれれば、意義ある死となるのではないでしょうか」(『癌告知のあとで』鈴木章子)。
先輩方が連綿と受け継いでこられた阿弥陀さまのはたらきが、今まさにここに在り、お母さんは大切な気づきをいただいていること。そのはたらきは、どんなに弱い私でも受け止めてくださること。そしてお母さんには帰っていく世界、阿弥陀さまのお浄土があり、そんな壮大なはたらきに、あなたたちも共に包まれていること。そんな安心感を、子どもたちに伝えようとされたのです。
|

|
とはいえ、こんな話は伝わりにくい時代になりました。
しかし、心が乾いている時代だからこそ、この営みはサイが水だめを用意する行為に、似ているように思うのです。用意した水だめは、子孫のサイが飲むとは限りません。別の動物が飲むかもしれない。しかし、あとから来る者のために、それを用意しておく。
これはもう、受け継ぐ人がいるかどうかの問題ではなく、生きる態度の問題なのでしょう。私は、何を受け継いだのか。それを、どう受け止めたのか。そのうえで、どう生きるべきかという。
あなたは何を受け継ぎ、どう受け止めていますか。そして、どのように生きようとされていますか。今こそ共に、見つめ直してみませんか。■
|
|
|
|
|