お取越しの季節です 

 


 
 
 
 

「お取越し」とは、真宗寺院において最も大切な行事である親鸞聖人のご法事「報恩講」を、ご命日よりも取越して(早めて)、各家々で勤めるという門徒にとって大切な伝統行事です。ところが近頃は、「どうして親戚でもない人の法事を、勤めなくてはならないのか!」と怒られそうな時代になりました。しかし、親鸞聖人が亡くなられてから今年で七百五十年。長い歴史を通して、「伝えなくてはならない願いがある」「受け止めなくてはならない尊いご恩がある」と私たちのご先祖や先輩方が、その心を「お取越し」という行事に込められて、私たちのところにまで届けて下さっているのです。

 

あまりここに書くべきことではないのでしょうが、実は今年の夏休み、私は子どもたちの宿題である作文を七つ手伝うはめになりました。中学生は作文の宿題が、三つもあるのです。(中学生二人×三+小学生一人で、計七つです。)

 パソコンの前で、提示されているテーマを相談しながら選び、切り口を考えます。子どもの思いを聞き、「こういう考えもあるよ」「それは面白いな」「なるほどね」と一緒に作り上げていくのですが、これが七つも続くと・・・いやはや大変でした(涙)


しかし、いつも一緒にいながら、今回初めて「平和ってどう思う?」「原発をどう考える?」「環境問題は?」という話ができたのです。いつも一緒にいても、普段はこんな話をしないですよね。でも、宿題がきっかけで、とても有意義な時間が過ごせました。


私たちは、何かきっかけがなかったら、なかなか大切なことについて考えることはありません。私たちの先輩方が「お取越し」というご縁を用意して下さったということは、親鸞聖人が見つめられた、「私のいのちの行き先はどこなのか」「何を依り処に生きているのか」といういのちの帰る場所・いのちの依り処を(帰依処)を見つめるきっかけとして欲しいという願いが込められているのではないでしょうか。その願いが長い歴史となって、今私のところにまで届けられてあるのです。深く、受け止めたいことです。■