お取越しの季節です 

 

 
 

「大きな心」と「小さな心」 

 



 「お取越し」とは、親鸞聖人のご法事「報恩講」を、ご命日よりも取越して(早めて)各家々で勤めるという、真宗門徒にとって大切な伝統行事です。ところが近頃は、「どうして親戚でもない人の法事を、勤めなくてはならないのか!」と怒られそうな時代になりました。
 しかし「お取越し」には、大切な意味と、尊い心が込められているのです。私たちのご先祖や先輩方が、長い歴史を通して届けて下さったその心を、深く味わい直していきたいものです。


  近頃は「人間の器の大きさ」ということを言わなくなりました。「あの人は、器がでかい」と褒めることも、「お前、小さいヤツだなぁ」と嗜めることもなくなりました。

 「ハイリハイリフレ ハイリホー 大きくなれよ」という丸大ハンバーグのCM(1979年より放送)は、住職世代であれば誰もが知っている有名なものですが、「大きくなれよ」という呼びかけを、身体だけではなく人間的にも大きくなれと受け止めたのは、
私だけではなかったはずです。そんなメッセージを、身近に聞くことができない時代になりました。大きな心で受け容れる生き方に憧れることも、小さい心で人を切り捨てる生き方を恥じることもないのは、世の中全体が委縮しているからなのかもしれません。


 それは、「ロールモデルの不在」が原因ではないかと思うのです。「ロールモデル」とは、自分にとって、具体的な行動や考え方の見本となる人物のことです。人は誰でも無意識のうちに「あの人のようになりたい」というロールモデルを選び、その影響を受けながら成長するといわれます。私は若い頃、司馬遼太郎の『竜馬がゆく』を読んで、「坂本龍馬のような、器のでかい人間になりたい!」と思いました。それは同時に、自分がまだまだ小さいなぁと思い知らされることでもあり、だからこそ世界の広さも見えてきたものでした。


 貧しい田舎の農家に生まれ、学歴のない身から総理大臣にまで登りつめ、政界に大きな影響力を持った田中角栄。1960年、社会党委員長の浅沼稲次郎が右翼の高校生に刺殺されたとき、彼は誰よりも早く、葬儀に駆けつけたといいます。
 「なんであんな人のところ(葬儀)に行くの?」と、喪服を着て出かけようとした角栄に、小学生の長男は尋ねました。子どもながらに「社会党や共産党はオヤジの敵だと思っていた」からです。その時角栄は、真っ赤な顔をして「バカモン!」と息子を叱りつけました。

「考え方こそ違っても、お互い命をかけて国を良くしようと思っている仲間だ。その仲間が命絶えたんだから、仲間として弔ってやるんだ。よく覚えておけ!」

 意見が対立する人をも、仲間だと言い切れる器の大きさ!もちろん田中角栄の評価は様々ですし、全面的に肯定するつもりはありませんが、やはりこの言葉は感動モノです。
 今ならきっと、ネットやメディアで「詭弁だ」「政治的パフォーマンスだ」「誤魔化されるな」とよってたかって貶めようとするでしょう。しかしその前に、「自分なら、こんなことが言えるのか」「誰よりも早く、葬儀に駆けつけられるのか」と自らを問うことがなければ、自分の器の小ささに気づくこともできません。自らを振り返ることもなく、小さな基準で人を切り捨てる。これでは、世の中縮こまっていくはずです。



 同じ1960年、安保闘争が激化する中で、デモに参加した東大生の樺美智子さんが圧死するという事件が起こりました。抗議行動の反発はますます強まり、国会前のデモ行動には何十万人という人々が集まります。当時の岸総理は、死を覚悟したとも言われています。

農林省審議官・松任谷健太郎は霞が関にいた。/
「審議官、お電話です」防衛庁長官の赤城宗徳からの電話だった。岸信介総理がデモ鎮圧に自衛隊を使うという、その要請をどうするかとのことだった。/
健太郎は受話器をにぎりしめた。/


「全学連といえども国の若者です。陛下の赤子を撃つなどもってのほか。銃口で政権を守ろうとしてはいけません。政権を守るのは人です。今しばらくは耐える時だと」

「松任谷君、承知した」
赤城は辞表を懐に岸の元に赴いた。
「総理、ご意向には添いかねます」。(『愛国のノーサイド』延江浩)

 「愛国」を声高に叫ぶ人が、同時に「反日だ」「非国民だ」「あんなやつら」と罵る光景を、よく目にします。同じ国民を切り捨てることが本当に「愛国」と言えるのかと、常々疑問に思っていましたが、松任谷健太郎は違いました。敵対する人々をも同じ「国の若者」だと、守ろうとしたのです。そして、松任谷の言葉に共感し、辞表をしのばせて総理のもとへ赴く赤城防衛庁長官。この器の大きさ!懐の深さ!圧倒されます。

 私の尊敬する宮城顗先生は、
「その人の大きさは、出遇っている世界の大きさである」

と言われました。
 ならば松任谷健太郎の考える国とは、違う意見や立場の人をも包み込む、大きな世界をいうのでしょう。対して、自分と同じ意見でなけば「非国民だ」と切り捨てる「愛国」は…、小さいですよね。



 親鸞聖人は、阿弥陀様のみ教えに出遇い、「広大無辺際」の心に包まれ生かされていることに気づかれました。その心は、文字通り限りなく広く際もないほど大きな心です。広大な心に出遇われたからこそ、自らの心の小ささに頭が下がっていかれたのでしょう。それは卑屈になることではありません。世界の広大さと豊かさに気づかされることなのです。
 親鸞聖人はご和讃に、
「罪障功徳の体となる こおりとみずのごとくにて
 こおりおおきにみずおおし さわりおおきに徳おおし」
と示されています。
罪やさわり(=障り 障害物)と功徳の関係は、氷と水のようなのだと。氷が多いほど溶けた水も多くなります。同時に、罪やさわりを深く自覚するほど、この私を願い続けて下さる阿弥陀様の功徳を、深く味わうことができるのだと教えられるのです。
 
 自分が小さな世界に閉じこもっていれば、感動も、感謝も、出遇いも小さなものでしかありません。大きな世界に出遇うことで、「なんて小さな心で、人生を決めつけていたのか」「なんと薄っぺらな考え方で、人を決めつけていたのか」と知らされる。
そこから開かれた、より深く、大きな感動や感謝が、そのまま親鸞聖人の大きさを物語っているのです。


 ただし、阿弥陀様の心は広大無辺際ですから、私が思うよりも、もっともっと広いのでしょう。私の言葉では語り尽くせぬほどの心です。だからこそ親鸞聖人は、安易に決めつけ矮小化することなく、いつも味わい、常に聞き続けていかれました。

 私たちの先輩方は、親鸞聖人の生き方をロールモデルとし、大きな心と出遇い続ける人生を歩まれたのです。その歩みが、「お取越し」という行事に整えられ、私たちに届けられているのです。世界はもっと広大で、深く豊かなものであることに、気づいてくれよという願いと共に。
 大きな心を見失い、委縮した時代だからこそ、しっかりといただかなくてはならないと、考えさせられることです。■